2度目の中国行
2019・2・14(木)
今朝のお目覚めの名曲はロンドンデリーの歌。
ダニーボーイという名前でもよく知られたイギリス民謡で素敵なメロディ。
昨日蒲田に来て、一応デパートのチョコレート売り場を覗いてみた。
行列で、ほとんどが好評につき売り切れという札が目に付いた。
2箱お値ごろのチョコレートを求めて、駅ビルにあるドコモショップへ。
またここも人がいっぱいで、ずいぶん待たされた。
メールが送れない、ということで教えていただいた。
パソコンメールを使っていたからみたいで、ドコモメールで送って見たらどうも送信されるみたい。
長い時間が掛かってやっと終わり、娘がやって来たのでお食事。
明日が早いのでと直ぐに休み、今朝を迎えた。
蒲田の家から羽田までは30分もかからないが、予定より早く到着。
もっと遅くても~~と言われていたが、娘も私を送って家に戻り車をおいて出勤しなければならないから。
しばらく待っていたら先生も楽団員も揃い、大きな楽器にいくつか問題点もあったが楽団の移動って大変なんだなあと思った。
時間になっても飛行機が飛ばない。
北京が雪なので遅れるという。
昨年の夏、私はオンタイムで順調だったが、楽団員80名の乗る飛行機は台風の影響で10時間待ったと言う。
今朝は4時間待ちでお食事をしたりして時間を潰す。
先生は普通ならおしゃべりや睡眠をとるところだが、写譜をしていた。
ヴァイオリン用、コントラバス用、チェロ用~~と音符で音を合わせるのだとか。
音符が音になるからできることなので、凄いなあと思った。
やっと機内の人になって~~。
幸いなことにプレミアムシートに座れてゆったりと。前の晩1時間しか寝ていないという先生に話しかけないようにと気を配って休んで頂いた。
昨年夏の杭州コンサートの後あれだけの演奏をされてお疲れの先生に3時間休みなくおしゃべりをしてしまった私は、深く反省をして。
4時間たらずで北京空港につき、今日の予定は全て変更され、リハーサルのあと上海に行き泊まる予定を急遽北京泊まりになった。
先生は友人の方に連絡を取り私を北京の案内をして頂ける様に綿密に。
あなたは幸運ですよね、と言われた。上海に行くはずだったが、飛行機が遅れて北京泊りになったので、夜まで案内をして頂けることになったわけで。
先生の30年来のお友達ということで、今日のこの企画者もその
教授もみんな日本の芸大でご一緒だった方がた。
みなさん人柄がよろしくてさすが先生との長い友情を保っていられる。
空港まで奥様と一緒に車でお迎えに来ていただいて、まあ親切に至れり尽くせりのガイドに恐縮。
先生のお友達だからやはり違うんだと思われる。
楽しい楽しいドライブだった。
オリンピック会場や大学、食事、ショッピング~~。
夜になってライトアップされた北京の街はどこに行っても綺麗だった。
天安門で少し大変なことに。
駐車禁止と聞いていたのに、どうしても私に近くまでとご案内してくださったのだが公安の車やたくさんの警官に囲まれどうなることかと思ったが~~。
でも直ぐに近くに移動し歩いて粉雪舞う天安門、人民会議場や官庁街を歩いた。
広い、広い。
昼間なら宋慶齢の家など見せたかった様だったが、何せ遅くなったので。
でもおかげさまで貴重な体験をさせていただいた。
また日本にもお越しになるとか、アメリカに一緒に行こうとか~~。
定年になられた教授なので時間は自由になるみたいで。
作曲をなさる教授で、ご自分のDVDなど記念にくださった。
オーケストラの曲が多い様だけど、チェロの曲も作ったよ~~と。
私の好きな曲などお話ししたら流石に全部ご存知で~~。
奥様も日本語は分からなかったが、片言の英語で交わり、教授は日本の芸大なので日本語でお話できた。
素晴らしい出会いがまた出来たわけで私は幸せ。
10時過ぎホテルまで送ってくださったが、また18日は空港までお見送りに来てくださるとか。
日野原先生のおっしゃる、遠くへ出て行きなさい、そこには素晴らしい出会いがあり、新しい人と交わりなさい~という言葉は生きていると感じた。
楽団員の方々もみなさん良い方々ばかりで、主催者も芸大仲間ということで、先生の周りにはやはり素晴らしい方々が集まっておられるのだと感心しきり。
夜遅いのでホテルについてもお話はできなかったが、みなさん長い待ち時間とフライト、そして休みなしの練習でさぞおつかれであったことだろう。
私だけ特別な観光がさせて頂けてなんと幸運だったことだろう。
明日の朝は上海に向けて出発するのでスーツケースも行くばかりにして早く休む。
携帯の充電ができなくて~~。明日、先生にお願いしてみよう。
今日は素晴らしい1日だった。
今朝のお目覚めの名曲はロンドンデリーの歌。
ダニーボーイという名前でもよく知られたイギリス民謡で素敵なメロディ。
昨日蒲田に来て、一応デパートのチョコレート売り場を覗いてみた。
行列で、ほとんどが好評につき売り切れという札が目に付いた。
2箱お値ごろのチョコレートを求めて、駅ビルにあるドコモショップへ。
またここも人がいっぱいで、ずいぶん待たされた。
メールが送れない、ということで教えていただいた。
パソコンメールを使っていたからみたいで、ドコモメールで送って見たらどうも送信されるみたい。
長い時間が掛かってやっと終わり、娘がやって来たのでお食事。
明日が早いのでと直ぐに休み、今朝を迎えた。
蒲田の家から羽田までは30分もかからないが、予定より早く到着。
もっと遅くても~~と言われていたが、娘も私を送って家に戻り車をおいて出勤しなければならないから。
しばらく待っていたら先生も楽団員も揃い、大きな楽器にいくつか問題点もあったが楽団の移動って大変なんだなあと思った。
時間になっても飛行機が飛ばない。
北京が雪なので遅れるという。
昨年の夏、私はオンタイムで順調だったが、楽団員80名の乗る飛行機は台風の影響で10時間待ったと言う。
今朝は4時間待ちでお食事をしたりして時間を潰す。
先生は普通ならおしゃべりや睡眠をとるところだが、写譜をしていた。
ヴァイオリン用、コントラバス用、チェロ用~~と音符で音を合わせるのだとか。
音符が音になるからできることなので、凄いなあと思った。
やっと機内の人になって~~。
幸いなことにプレミアムシートに座れてゆったりと。前の晩1時間しか寝ていないという先生に話しかけないようにと気を配って休んで頂いた。
昨年夏の杭州コンサートの後あれだけの演奏をされてお疲れの先生に3時間休みなくおしゃべりをしてしまった私は、深く反省をして。
4時間たらずで北京空港につき、今日の予定は全て変更され、リハーサルのあと上海に行き泊まる予定を急遽北京泊まりになった。
先生は友人の方に連絡を取り私を北京の案内をして頂ける様に綿密に。
あなたは幸運ですよね、と言われた。上海に行くはずだったが、飛行機が遅れて北京泊りになったので、夜まで案内をして頂けることになったわけで。
先生の30年来のお友達ということで、今日のこの企画者もその
教授もみんな日本の芸大でご一緒だった方がた。
みなさん人柄がよろしくてさすが先生との長い友情を保っていられる。
空港まで奥様と一緒に車でお迎えに来ていただいて、まあ親切に至れり尽くせりのガイドに恐縮。
先生のお友達だからやはり違うんだと思われる。
楽しい楽しいドライブだった。
オリンピック会場や大学、食事、ショッピング~~。
夜になってライトアップされた北京の街はどこに行っても綺麗だった。
天安門で少し大変なことに。
駐車禁止と聞いていたのに、どうしても私に近くまでとご案内してくださったのだが公安の車やたくさんの警官に囲まれどうなることかと思ったが~~。
でも直ぐに近くに移動し歩いて粉雪舞う天安門、人民会議場や官庁街を歩いた。
広い、広い。
昼間なら宋慶齢の家など見せたかった様だったが、何せ遅くなったので。
でもおかげさまで貴重な体験をさせていただいた。
また日本にもお越しになるとか、アメリカに一緒に行こうとか~~。
定年になられた教授なので時間は自由になるみたいで。
作曲をなさる教授で、ご自分のDVDなど記念にくださった。
オーケストラの曲が多い様だけど、チェロの曲も作ったよ~~と。
私の好きな曲などお話ししたら流石に全部ご存知で~~。
奥様も日本語は分からなかったが、片言の英語で交わり、教授は日本の芸大なので日本語でお話できた。
素晴らしい出会いがまた出来たわけで私は幸せ。
10時過ぎホテルまで送ってくださったが、また18日は空港までお見送りに来てくださるとか。
日野原先生のおっしゃる、遠くへ出て行きなさい、そこには素晴らしい出会いがあり、新しい人と交わりなさい~という言葉は生きていると感じた。
楽団員の方々もみなさん良い方々ばかりで、主催者も芸大仲間ということで、先生の周りにはやはり素晴らしい方々が集まっておられるのだと感心しきり。
夜遅いのでホテルについてもお話はできなかったが、みなさん長い待ち時間とフライト、そして休みなしの練習でさぞおつかれであったことだろう。
私だけ特別な観光がさせて頂けてなんと幸運だったことだろう。
明日の朝は上海に向けて出発するのでスーツケースも行くばかりにして早く休む。
携帯の充電ができなくて~~。明日、先生にお願いしてみよう。
今日は素晴らしい1日だった。
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