芹沢光治良忌
2016・3・19(土)
毎年このお彼岸に沼津が産んだ文豪芹沢光治良忌が沼津市市営墓地で営まれる。
毎年好天気に恵まれ全国から多数の方々がお見えになられるが、今日は豪雨の予報で、雷もなるひどい天候だった、
それでもご家族をはじめたくさんの方々が真っ白なカーネーションの花を献花した。
私も袖や裾がずぶぬれになったが、帰りは車に乗せていただいて、早いけれど図書館で下していただいた。
午後からミーティングと日本語クラスと、今年度最後の会議で5時前までかかった。
朝の雨は何だったのだろうと思うほど昼前からお日様が濡れたあたりをピカピカと照らしていた。
今日は日本語を勉強したいという意欲に燃えたベトナム青年の担当だった。
十分会話はできるのだが、もっともっと日本語が上手になりたいと自由会話から13課に戻ってやり直したいといって私のところに来た。
テキストに沿っていろいろなお話にとんだ。
楽しい時間は過ぎてFBのお友達になろうといってお別れした。
次は今年度最後の会議だったが、前々日も前日も3時半ごろの就寝だったので会議のほとんど居眠りになってしまったような気がする。
5時前に終わって息子夫婦が迎えに来てそのまま霊山寺へお墓参りに行った。
私の両親と2人の兄たちのお墓参りなのだが、私には何かもうここにはいないような気がして・・・・。
分骨はしてないけれど、夫がクリスチャンとして召天したので私の両親兄弟もともに天国に行ったと思っている。
鎌倉のお墓参りに行くとき、両親兄たち、そして夫の両親もみな一緒にいると思っている。
帰宅したらベトナム青年が一生懸命ひらがなと少し漢字も交えたメッセージを送ってきた。
1時間ぐらいチャットが続いただろうか。
お墓参りに行ったと書いたら、自分の両親は毎月お墓参りに行くといい、自分を生んでくれた親に感謝していると書いてきた。
お彼岸という意味は分からなかったみたいだけど、自分はまだ若いからよくわからない、でもお墓参りは伝統的な習慣であると。
仏教国だから日本人とはよく合うのかもしれない。
日本の会社は素晴らしいと言い、実習期間の3年が終わったらベトナムへ帰って日本企業に入ると決めている。
彼女もいるので結婚もしたいと。
とても好青年だった。なんといっても意欲がある。
これからも時々おしゃべりしてくださいという。チャットは日本語の良い勉強になるだろう。
わたしはいつでもOKよ。
今度ベトナム料理を作りに行ってあげるというが・・・・。
沼津にはベトナム料理店がないのだ。そんな話をしたからかなあ。
今日は長い一日だったけれど、また新しい友達ができた。
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