日曜礼拝
2020・2・9(日)
今朝のお目覚めの名曲は、久々の”湘江の歌”。
何といっても私がチェロの響きにのめりこむきっかけを作った名曲である。4~5年前になるかな、麻布10番で初めて耳にした曲であった。
素晴らしかった。曲も素晴らしかったが演奏者がまたまた素晴らしかった。
翌年も出かけて聴く機会を得て、主催者を介してお食事を共にすることができた。
それ以来の交わりは私にとって忘れることができないいくつか。
全てのCDを集め、毎日聴き入って癒されてきた。コンサートがあればどこへでも出かけて行った。
ともすれば病勝ちでしかも夫を亡くした後の寂しさの中に生きる力を与えてくれたと言っても過言ではないかもしれない。
要するに癒しを求めていた私の心にパーッと咲いた花であった。
オーケストラもオペラもミュージカル、ピアノもヴァイオリンも邦楽も良く親しんできたけれど、これほどチェロの音に癒されたのは初めてだった。
”湘江の歌”に限らずどの曲も素晴らしく、もう他の人の演奏を受け入れられなくなっていたかな。
感動するってそういうものなのかもしれない。兎に角感動する演奏なのだもの。演奏だけでなくお話がまたまた魅力的で人間性が満ち溢れている。
他の演奏家とはまず音が違う。音に人間性が表れている。
今朝は3日ほど続いた寒さも去り、比較的に穏やかだったかな。
朝早くから日差しがあった。降水確率もゼロでラッキー。
今日は教会に行こうとお支度を開始。お迎えにも来ていただけてラッキー。
聖壇にはまさしく春の装い。桜の花がいっぱいに咲く大ぶりな枝に香りのよい水仙。
説教題は”地の塩、世の光”。信徒礼拝で我が尊敬する会員さんのメッセージ。
僅かな塩で料理の味を調え、食品を腐敗から守る私たちの生活の必需品。
塩が無かったら味もそっけもない重要な調味料。
でも今私の置かれている健康状態には摂取を控えなければならない。減塩生活を余儀なくされているのだが・・・・。
味付け以外にも塩は重要で、緑のお野菜を茹でるときの色をよくする効果、たんぱく質を保護する効果、リンゴなどを剥くとき酸化を防いだり・・・。
上杉謙信に塩を送った武田信玄の話は有名だが、人間、塩がなければ生活できない。
主イエスはあなた方は”地の塩”であるとおっしゃった。
またあなた方は”世の光”であるとも言われた。
ともすれば、主を離れがちな私達でも、主は私たちを世の光であるとおっしゃいます。
ただ主を信じ、主に仕えていきたいと思うものの、それができない弱さを持つ私達である。
今日のみ言葉の解き明かしはわかりやすく素晴らしいメッセージだった。
お帰りも家まで送っていただき、幸せだった。今は長い距離を歩くのが辛いので。
心臓の働きが悲鳴を上げているのだろうと思うので、大事にだいじに使いたい私の壊れた小さな心臓。
そんな状況で、葬儀依頼書をしたためておこうと頂いてきた。でもまだまだ生きていたい。やり残したことはいっぱいいっぱいあるし、コンサートにも行きたい。旅行もしたい、美味しいものを食べたい、おしゃべりもしたい・・・・。
今、新型コロナウイルス騒ぎで大変な中国の武漢。4月中旬にその武漢へ行こうと思っていた矢先にこのような騒ぎになった。
特に武漢というところは、三国志でも有名で、中国のちょうど真ん中に位置し、長江の流れ、景観を一望でき、李白の詩で有名な黄鶴楼というお城でも有名。
特に武漢大学は桜の名所で、世界中から多くの人々が訪れるのだとか。
4月中旬だったら、きっと美しい桜、しかも日本から送られた苗木が育った桜を見ることができただろうに。
残念だったが、一日も早く終息して街が立ち直って欲しい。死の街になりませんように・・・・。
今や北京も上海も都市機能がマヒ状態だとか。あの美しい街、大都市上海・・・・新天地とか。北京では天安門に行った。
何だか考えられない現状である。社会体制はどうあれ、偉大な歴史の国に敬意を表している。
”湘江の歌”、”江南漁歌”・・・大好きな曲。いかにも中国らしいゆったりとした時の流れ、豊かな自然の情景、郷愁、大陸の香り・・・。
素敵な曲で始まった今日。いくらか冷たい風はあったが日差しの中に春の花たちの揺らぎが素敵だった。
名前のよくわからないお花の苗を頂いたので、帰宅後暖かい光の中で、プランターに植えた。5月ごろには開花するだろう・・・・。
お外の水やりが意外と楽で、嬉しかった。
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